"仏法を主(あるじ)に"と子も孫も みんなの法話

出典: Book


"仏法を主(あるじ)に"と子も孫も
本願寺新報2000(平成12)年11月1日号掲載
山本 法霖(やまもと ほうりん)(中央仏教学院講師)
阿弥陀さまのポケットく

え.秋元 裕美子
今年の夏休みも、孫たちが帰省してくれました。
私が一番嬉(うれ)しかったのは、如来さまの前で「ナンマンダブツ」と、孫たちも一緒にお礼をしてくれたことです。

大阪のお寺で若坊守をさせていただいている娘が、こんなことを話してくれました。

「おじいちゃん、みのり(六歳の孫娘)がね、こんなことを言ったのよ。
『みのりね、阿弥陀さまのポケットの中で仏さまに遊んでもらっててん。
そしたらね、いっぱいお母さんがいてて"どのお母さんがみのりのお母さんかな、間違ったらあかんな"と思ってたらね、「みのり!お母さんよ!お母さんよ!」ってお母さんが喚(よ)んでくれたから、みのりね、阿弥陀さまのポケットからポーンとお母さんのお腹の中に入っていってんよ』」

ここまで聞かされた時、私は思わず「お前はなんて応(こた)えたの」と尋ねました。
娘は「ありがとう、みのりちゃん!お母さんの子どもになってくれて...、と言って抱きしめてやった」と言いました。
私は嬉しくなって、「やよあか子汝(な)ればいづちの旅をへてわれを父とは生れ来ませし」と、文豪・吉川英治氏の言葉を思わず口ずさんでいました。

ハッパの日
わが家では、結婚記念日も誕生日も、まず仏前に手を合わせることになっています。

二年前、近くに住む孫が「山のじいちゃん(山村に住んでいる私のこと)、きょうは夢真(ゆま)(当時六歳の孫娘)のハッパの日よ」と言いました。
しばらくは何のことだかわからなかったのですが、「あっそうか、八月八日、お誕生日だね。
みんなで如来さまにお参りしようね。
どんなお参りがいい?」と尋ねると「短いのがいい」と。
あっナルホド。
「それじゃ歌にしよう。
どの歌がいい?」「骨のうた」「??...」よく聞いてみると「恩徳讃」のことでした。
そこで「人身(にんじん)受け難(がた)し今巳(すで)に受く、仏法聞き難し今巳に聞く...」と礼讃文を称(とな)え、恩徳讃を歌ってみんなでお念仏を申しました。

孫は仏前でのお礼が終わると、早速、ケーキの待つ庫裏(くり)へと飛んで行きました。
六本のローソクに火をつけて「♪ハッピーバースデートゥーユー!」と歌おうとしたその時、「きょうは夢真のハッパの日。
お父さん、お母さん、夢真を生んでいただいてありがとう!ナンマンダブチュ」と言って合掌してくれました。
私は涙がこぼれてしまいました。

みんな勢ぞろい

ある日、親鸞さまのお言葉「一切の有情はみなもつて世々生々(せせしょうじょう)の父母(ぶも)・兄弟なり」(834頁)を思い、私は孫に語りかけてみました。

昔、ずっと昔。
今から一万世代も遡(さかのぼ)る。
アフリカに「イヴ」という一人のお母さんがいた。
そのイヴの子孫が、だんだんと進化して今日の私たちに至ったこと(イブ仮説)。
だから私たちは皆、血のつながった親類同士であること。

このようなことを人類学者の言葉を借りて話すと、孫は目を輝かせて聞いてくれました。

私が今、ここにいられるのは多くのご先祖のおかげである。
例えば二代遡ると四人、三代で八人、四代で十六人...と原始人の頃まで遡ると、もう数えられない。

「もし、この中のたった一人でも欠けていたら、夢真ちゃんは生まれてないんだよ!」と言うと、孫は感動して「わーい!みんな勢ぞろいしてくれたのね、おじいちゃん」と言ってくれました。

子猫も浄土真宗や
今から二十数年も前のこと。
当時、私は三人の子どもたちと坊守の五人家族。
それに犬と猫がいました。
猫の首には赤い念珠が掛けてあり、ご門徒さんが「さすがにお寺の猫や」とよく笑っていました。
そのためか、娘にこんなことがありました。

私が布教から夜遅く帰ってきた時のこと。
「お父さん、お帰り」と娘の声。
「やぁお前、まだ勉強しとったのか」「ううん、それよりお父さん、お願いがあるの。
学校に子猫が捨てられていたの。
給食を少しずつやっていたのに、今朝見たら死んでいたの。
それで友だちと裏山に埋めたの。
だから南無阿弥陀仏と書いてほしいの」と、泣きそうな顔。
見れば板切れに"子猫の墓"とマジックで書いてありました。
「よし、わかった」とお念仏しながらお名号を書かせてもらいました。
すると娘は「子猫ちゃん、ああ!これでよかった」と言いながら「お母さーん!子猫も浄土真宗やなあー!」と坊守のところへ飛んでいきました。

大切な宝もの
蓮如さまは「仏法を主(あるじ)とせよ」とおっしゃっています。
そのお言葉の通り、仏法(おみのり)こそ私たちの生活の中心としたいものです。
今の世の中では、家族が揃(そろ)ってお仏壇に手を合わせ、ありがとう、もったいない、と言える最も大切な宝ものを失いつつあるように思えてなりません。

私にもあなたにも、"のんのさま""まんまんちゃん"という言葉によって育てられた、思い出すと心が温かくなるような、幼い子どもの頃の記憶があるはずですね。
孫たちとの楽しいふれあいを通して、あらためて大切なことを思い出さされ、教えられた私でした。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/